Le vent du Marseille

風のように、気の向くまま…

招き猫ならぬ招きくまの珍客万来

Buenas.

 

このブログは、当初はコラムの補足のような立ち位置のために作りましたが、タイトル通り個人のブログで留まりそうなので、長く書いたり短かったりマチマチですが、ご了承下さい。

 

ここ暫くサボリ気味、というか公私共に立て込んでおり気持ちにも余裕がない為中断しておりますが、

ご存知の方も居るかもしれませんが、twitterを当初何となく始めたメインアカウントが取得からかなりの間開店休業だったのですが、周囲の利用率や、仕事上アカウントは別に作成するも、使い慣れてないため数をこなして慣れる意味も含め利用頻度を上げました。

その頃に知り合った友人が、マイノリティ(LGBT関連のみならず)へ、またはそれらに該当する方々の方からの意見の代弁と持論を「ツイキャス」というアプリで放送して展開しているのを教えてもらい、暫くは見る側でしたが、どうせなら自分も意見を言う方に回ったほうがしっくり来るなと感じ、始めたのがメインアカウントベースな為、私もざっくり説明する際などに「くまキャス」または「くま国営放送」等と適当な呼び名で、当初はごくごく一部の親しい人達か、俗に「通行人」と呼ぶ「ツイキャスだけを見て回る人達でしばらく見ていて面白くないと感じたら出て行く」くらいなもので、自分でも私個人に何かの知名度(ごく一部のジャンルでは若干ありますが)があるわけでもなくそれを求めてでもなかったので単なる物言いから始まり、日常のボヤキや、冗談のような普段の会話を態々放送していたにしか過ぎないと思って、完結するだろうと思っていました。

 

まあ、大半が、放送せずとも連絡ないし実際に会える人ということもありました。

 

ところが、塵も積もれば山となるのか、石の上にも三年なのか、普段でもよくあった、「空振り」と思い中断しようとすら思った矢先に、珍客は訪れた。

 

はじめにもお伝えしてるように、告知などは放送開始時にツイートされる程度でそれはリツイートでもしない限り内々のものでしかない。

単なる通行人だろうと思いましたが、その日は違いました。

閲覧を続けるだけではなく、飛び交う質問。

 

ヨーロッパからでした。時間的にも深夜だったこともあり日本で起きている人が少ない時間帯だったからかもしれませんが、「彼」は終始質問を投げかけてきて、それに答える、その繰り返しで時間はすぐに過ぎました。

 

それでもまだどこかに

「まあたまたま変なのが放送してるから見てみよう」位のものだと思ってましたが、

度々、彼はやって来ました。

凄いときには、「今日はやるの?今言えに戻る途中だからもう少ししてからだったら見れるから」と御丁寧に追いかけて来てくれるまでに。

そのうち毎回放送枠を取れるわけでもないのでDMでの話も同時に進みました。

日本に興味があったからというのがきっかけだったそうですが、それでも(日常会話程度なら読み書き含めてすでにできるレベルではありましたが)こんなくだらないネタもないようなものにとも思いましたし、流石に流暢に質問を日本語で投げかけられる程までには至らなかったようです基本的には英語ではありましたが、

私の英語も「英検3級止まり」でしか無く、細かい内容への返答には辞書が必要な事もしばしばありました。

仕事上、海外からのお客様との会話こそあれ、対面の場合は、日本語同様、目の前にものがあったりするので「あれ」や「これ」等とゼスチャーや表情から言葉以外の部分から察する事もできるのとはこのような場合は違います。

しかし、彼の英語もどことなく変わっていたので、こちらからも質問してみると、

アメリカ出身らしいが、母語がすでにロシア語になっており、且つ居がウクライナの為ウクライナ語も、更には仕事のためにバーゼル(スイス)にも頻繁に行くためドイツ語もという中に、日本語は東欧では質のいい教師が殆どいない為に更なる上に進むには場所が悪すぎると嘆いていましたが、それだけ話せれば大丈夫だろうとすら思う頭の回転もいい、今では友人として、時間が取れたときに連絡する相手になりました。

 

これだけで終わらなかったくまキャス。

今度は北米からというまたまた珍客が。

若い女性ですが、彼女もまた国こそ出てはなくとも日本に興味があり勉強しつつも母語以外にスペイン語も話せるなど、若いのに頑張ってるなと感心してしまうほど。

自分がそれくらいの年齢の頃は、遊びほうけて勉強は疎か、という時期でしたので、

「まだまだやらなきゃ駄目だよな」という気持ちにさせてくれました。

 

今日このようなネタで書いたのは理由が単純

さっきまでアルバイトの相談から「寿司」の話をlineでしているなど、

「確かに相手からしたら、私は日本の入り口であり数少ないリアルな情報源」でもあるので、今まではどちらかというと、自分の住んでいる国の歴史も何もどうでもいい位お馬鹿な学生のまま大きくなってしまったので、イザ質問されると答えられないものも多く、でも相手からしたら知ってるだろうでしかなく(逆もありますがその内容によりけりだが比較的無難なあたりは把握していることが多い)、興味を持ってもらったところを残念に思わせてしまうことも出来ず、最近はやたら日本の歴史や名所等調べてます(笑)

 

このようなケースのみではなく、各所で不思議なきっかけから続いている友人は国内外問わずおりますが、海外の友人のアクションは意外にも大胆な時も。

メールが続いているにもかかわらず、日々の生活や趣味などを近くにいるように見られるとのことだけでFBアカウントを作った友人もおりました。友人登録は未だ私のみです。

 

これを日本的感覚ですと、「社交辞令」でしかないと思われるでしょうし、現に一部ではそう言われました。

「そうではない」という感覚は当人たちと話してみれば感じられますし、私の場合は更にそこに彼らの具体的な行動が加わっており、それでもこの感覚を伝えるにはかなりの語彙がなければならないのだろうとも思いました。

 

日本語を勉強して、ある程度文章などは書けるようになり日本人の友達を作ろうと接触してみて大半が断られたその理由が「外国人」というだけで、英語で話しかけたわけでもないのに断られ続けた話を聞いた際に「自分に興味を持ってもらって嬉しいという気持ち」が一人二人ならまだ個人的なものかもとも思いましたが、そんな数ではなかったそうです。

 

腑に落ちないと言うか、悲しいとも感じたことでした。

 

そんな私に何故か現在もスイスから、

「You, ここで働いちゃいなよ!」

という、熱烈なオファーに見えますが、別に仕事まで用意してくれているからではない、世間的にもかなりの投げっぱなしな連絡というか、会話の都度言われますが、そんな彼女はブラジル人なので追求はしません(笑)

 

では、

Hasta próxima vez.