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Le vent du Marseille

風のように、気の向くまま…

Muchas minorías diferentes están ahí.

Hola.

 

マイノリティという言葉が随分使われる様になってきたようですが、何も今に始まったことではなく単に日本の中では「少数派」というのは「いない事」にされていただけなんだと、それが最近はある程度それぞれが集まり発言に力がつくくらいの、それでもまだまだ少数派、という感じなのかなと思います。

 

ここ最近は特に「セクシャルマイノリティ(Sexual minorities)」が発言が目立つ内容であったり、発言数の量等から比較的「マイノリティ=LGBT」の含みが強めなのかなとも。

勿論それらだけではありませんが。

共通するのは、

「余りに社会が多数に対してだけに限定された社会構造からはみ出した途端に多様な不便さがのしかかる」

という感じでしょう。

病気等からのハンディキャップも含まれますし、「病気に対しては」何かしらケアがあるとしても、それで良し、という風潮で終始完結させていた気もします。

仕事を探す、住む場所の確保、保険その他、制約や条件付きか条件がシビアか、

「外国籍者」もそうです。余り表立って言われることが少ないですが、私の友人たちからは比較的頻繁に聞くことがあることです。

確かに日本ではかなりの少数派となります。島国という理由からのみならず、外国籍者が日本で働き、住むという事が余りにも前提に含まれておらず、たとえはじめに仕事に付いていて、在住資格があっても、仕事をクピにでもなろうものなら、在留資格の期限内に仕事を見つけなければならず、かと言ってどこでも受け入れてもらえるわけでもない。

言葉の壁、文化の違いからの考え方の違いなどから事前に避けるところは多いと思います。

「日本側から呼ばれた」形の方は、一定期間の後に母国に戻る前提でもあるのと、そのような場合は特別な技術を持っているなどの理由から呼ばれることが多い為元々母国でもそれなりのところで勤めていることが多く、帰国後にも特に困らない、でもこの様なケースは特殊だと思います。

 

初めは、仕事がある国だからと言うだけで移り住んだ中で、定住することを決めた、日本に少しでも馴染もうと努力もしている人達にも、多くの壁が立ちはだかります。

 

今日は、そんな「友人達」との会話から頭を過ぎった1日でした。

 

あくまでも、私の持論でしかありませんが。

 

それではまた、

 

Hasta luego.