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Le vent du Marseille

風のように、気の向くまま…

Muchos amigos están en el mundial.

Buenas.

 

本職のほうで何となくモヤモヤ感が予想外に引っ張ってしまいコラムとして書く方も煮詰められず更には自分自身を賭け(大袈裟)最後になるであろう転職活動をリスクは大きいがやってみようかなと。

 

近況はこの辺で

 

子供時代、友達など殆んどおらず、望んでいない面もあった、今だったら引きこもりにでもなっていたのであろうというのが、現在は友達にこんなにも恵まれるとは当時の自分に見せたい、とは、何故か思わないのですが。

 

一応はそこそこの年数は学校には通っていたので、世間で良く聞く「同窓会」、これに未だ縁がない。

やっているのに連絡がないでも良いのですが、どうやら本当に何もないようで、当時の姿を思い返すと、中学後半辺りからは遊び仲間くらいは出来たのですが、他の人たちもそれなりにやんややんやと遊んでいたはず。

 

高校は流石に大半の生徒との接点がないので呼ばれたとしても当時は何とかは持ち合わせていない。

偏った学生時代でしたので。

一部付き合いの続いている友人は片手の数未満、一人は職場が近い関係もありたまにお茶をするまったりな付き合い。

 

では、今はと言うと、

高校卒業後のその都度縁で知り合った友人たちが、気がつけば○十年の付き合いだったり、やはり何かのきっかけ、

趣味からの接点などが多いですが、そこそこ早めにネット生活になっていたわりには昔はリアルからネット、が比較的多いですが、私は半々、と言うよりはその頃から、はじめの切っ掛けがネットでも、リアルで会うことがかなり高確率、

自分も友人も一時期ないし現役から身を引いて一度は連絡もとれずとなっても数年後にネットで再開と言う形もそこそこ。

友人もこれは私は運が良いなと思うのは、一年やそこらではないにも関わらずちゃんと覚えてくれていたこと。

ぼんやり何となくからもとに戻ると言うかとはなく、どちらかと言うと「かなりインパクトありましたよw」だそうで(笑)

その他でも、仕事からと言うのはどうしても少なく趣味などからが多いですが、趣味と違う機会でも会って食事をしたり、鬱がひどい時期に、人間関係をリセットしてしまおうと転居しこちらから連絡などをすることもなくと言う時期でも、あまりに期間が長かった為に連絡をもらったりとかなり気を使って貰っていたりと助けられました。

 

でも今でも、人伝でイベントや飲みに誘われた際等で知り合った方と、SNS等でそのままの続くと言う順序も相変わらずそこそこあります。

 

中には、facebookのように海外と簡単に繋がれるものだと、下手をすると一度も顔を会わすこともないかもしれない、それでも

「友達」

と呼べるのは、

ネットだから上部だけの会話というのが、国民性からと言うわけではないと思いますが、たわいもない話でのやり取りや、相手の国だ何が起きて大変かとか大丈夫かとか、

「これってどうよ?」のような突っ込み待ちなようなものまで、

「腹をわってはなせる」

のが、私のなかでは会ったかどうか関係なく、

「友達」

として思ってます。相手がどう思ってるか等の疑心暗鬼は持たないです。失礼ですし、仮にそうだったとしても、私は信じる方を選びます。

会話も、日本語とは当然いかないケースのほうが多いですが、英語が汎用なのは中学後半で取り敢えずがむしゃらにやっておいて良かった、その前の下地作りをしてくれた私の通名も着けてくれた教会、その名前のお陰で海外でも覚えてもらいやすく(あちこちにあるとも言えますが、日本からとなるとあまりないようで覚えてもらえてますし、本名を知っている仲ですら通名で完結できてしまう)、

あとは勉強してみたは良いが、本当に使う機会など来ないとすら思っていた、スペイン語とポルトガル語も、この場でのみならず、普段地元でフットサルを始めた頃から出来た友人たちとの会話に使うことになるとは自分で想像すらしていなく、でもやっておいて良かったと思えるものを持っていたのもそんな機会がなければ感じることもなかったでしょう。

TRPで何となく隣どうしになったくらいで、日が暮れるまで話し込んだりしたのも、偶然その週に旅行に来ていたラテンアメリカからのご夫婦だったり、誰とどこでどうなるか、

 

そんなことは暇になったときにでもこのように思い返すくらいで良いじゃない?

 

友達自慢?

自慢ですよ、大切な友達ですよ?

何人いようが、何処の人かとか関係もないし、友達が増えた分、片言と言うよりは会話のスパイス的に、友人の母語を覚えて、挨拶や有り難う位いくつ話せても誰にやれと言われたのではなく、自分で決めて、少しでも会話が弾めば良いなと思うから、それだけでも楽しい。

性別、性的志向、国籍、

そんなものは結果論でしかない。

 

これくらいは自慢させてと、ふと思った事でした。

 

あ、因みに、度々「私、英語なんかムリムリ」

とアレルギーがごとく突っぱねる人なども見かけましたが、

基本的には勉強しようか、と言う意味での会話であれば「取り敢えずやってみたら?それから考えればいいんだし」くらいしか言わないようにしてます?

上にあげた、拒否反応の人には、何も言いません。

 

「だって、話せないことが理由で友達になれなかったなんてのは根本的に自分が本当に友達になることも何でもいいから会話をしようとかする気がないわけで、相手が外国人だからも言い訳でしかなく日本人の友達も無理でしょ?」

 

と、腹の中では思っていても口にすることは無いですが、案の定、長く続かないので、その後何をしてるかもしりません。

 

私のなかでは、

友達、と言うよりは"amigo"の方がしっくり来ます。

友達<amigo≒familia

と言う図式なので。

 

今日はこんなぼやきです。

それではまた

 

Ciao!